ラグビーセブンスU18ヨーロッパ選手権 

昨日の日曜日、すぐ近くで7人制ラグビー18歳以下のヨーロッパ大会が開催されていたので、散歩&昼食がてら行ってきました。
暑くもなく寒くもなく、からっと天気もよく、スポーツ観戦にはもってこいの日でした。

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ヨーロッパ大会といっても、入場口(チケットを売っているテント)やソーセージスタンドは、会場となっているラグビー場を普段使っている地元のラグビークラブのメンバーが担当。ケーキも持ち寄りのもので、ひじょーにアットホーム。笑
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なんかね、青空とソーセージとビール、そして元気な若者、平和のありがたさをひしひしと感じました。


こちらはフィールド傍にある各国の控え室(テント!)。みんな楽しそうでしたよ。
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決勝は、アイルランドvsフランス。最後だけは、国歌斉唱があります。
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16か国の戦い、見事頂点に輝いたのはアイルランド代表でした!2連覇を達成だそうです。
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さて、昨日はおーちの18歳の誕生日 でもありました。 …本人は友達とベルリンに行っていて不在ですが
これで、こどもたち3人全てが成人です! 

晴れやかな門出を祝い、これからの人生にエールをおくりたいと思います。
世界に、そしてすべての屋根の下に平和がありますように。


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[ 2017/09/11 08:42 ] おでかけ | TB(0) | CM(0)

弘道館 

偕楽園へ行ったあと、千波湖のほとりを歩いて水戸駅まで戻り、そこから弘道館へ。水戸駅からはすぐです。

弘道館とは、偕楽園と同じく徳川斉昭が作った日本最大といわれた藩校です。
今でいう高校・大学のような感じでしょうか。15歳から入学が認められていたそうです。

おもしろいのは、この弘道館と偕楽園はセットで作られた、というところです。
武芸に精進するのはもちろんですが、自然に触れリラックスする場も必要、ということらしいです。

この日は比較的涼しかったのですが、ここを吹き抜ける風は殊更にさらっと心地よかったです。居眠り必至、だったと思われます。笑
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ここ を外から撮ったのがこちら。
校庭のようなスペースは「対試場」と呼ばれ、武術訓練などが行われたようです。
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「遊於藝」(=芸に遊ぶ)
論語から引いた言葉で、「学問武芸に凝り固まることなく、悠々と楽しみながら芸を極める」という意。
ちなみに、ここでいう「藝」とは、六芸(りくげい)=礼(儀礼) 楽(音楽) 射(弓術) 御(馬術) 書(習字) 数(算数)のことだそうです。…悠々と楽しみながら、といっても大変そう。現代っ子の習い事に通ずるラインナップか?
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つい、「おおお!」と、撮ってしまいました。笑
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こちらは弘道館で使われる鬼瓦。
御紋の両脇にハートの形が見えますか?
これは、伝統的な「猪目(いのめ)」と呼ばれる文様で、魔除けなどの意味があったそうです。
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全体に漂う静謐な雰囲気に(ここもガラガラだったので。梅の時期には人が多いと思いますが…)、学問とはこういうことだなあ、とハッとさせられ、背筋が伸びるような気がしました。

偕楽園へお越しの際は、ぜひこちらの弘道館にも立ち寄られることをお勧めします。

さて、最後におまけ。
水戸駅でちょっと変わったものを発見。「やっぱりあった」感もありますが。笑
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少し迷って、今回はパスしましたが、お味はどうなんでしょうね?


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[ 2017/09/05 10:16 ] おでかけ | TB(0) | CM(0)

偕楽園へ 

母の葬儀が終わって2週間が経ったころ、ちょっと出かけたくなり、ちょうど誕生日だったこともあって、ふぇと電車に乗って水戸に行ってきました。

茨城に引っ越してもう40年以上になるのに、水戸にはほとんど行ったことがなかったのです。(運転免許センターに行ったぐらい)

ということで、初⭐︎偕楽園&弘文館となりました!

実は、偕楽園は母が東日本大震災の前日に梅を見に友人たちと訪れているのです。
震災が2011年3月。そして、母に大腸がんが見つかったのがその5月。
そこから6年余りの闘病が続いたわけです。

ということは…
母にとって、なんの心のつかえもなく、純粋に楽しむことのできた最後のイベントはこの偕楽園行きだったのかもしれません。
治療中も前向きで、父や友人たちと出かける時間を大事にしていましたが、やはりそれまでとはちょっと違っていたでしょう。

…などと思いを巡らせながら、まずは偕楽園。
金沢の兼六園、岡山の後楽園とならぶ日本三名園のひとつです。
なんと、面積でいえばニューヨークのセントラルパークに次いで世界2位なのだそうですよ。

さて、やはり梅の季節がメインなのでしょうか、夏休みだというのに人はまばら…

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サルスベリが満開でした。
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今回は、梅林のエリアではなく、「好文亭」を中心に見てきました。

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好文亭は、1842年に水戸藩第9代藩主徳川斉昭によって、偕楽園内に建てられた別荘です。(偕楽園も斉昭が作った)
終戦の年に水戸空襲により焼失、また昭和44年には雷により焼失するものの、創建時の状態を忠実に再現して再建。
東日本大震災では土壁が壊れるなどの被害を受けたが翌年復旧。


それでは写真をどうぞ。

四季の植物が描かれた襖が圧巻です。

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上階にのぼってみましょう。
1階の庭の趣とは違い、桜川や千波湖まで見渡せるスケール!

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こんな景色を眺めながらの会食なんていいだろうなあ…とは、もちろん当時の人も考えたようで、なんと、ここには配膳用のエレベーター(昇降装置)があるのです!

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こちらが1階部分。
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ここ好文亭には、徳川斉昭の正室(徳川慶喜の母)吉子女王が斉昭亡きあとに何年か住んでいたといわれています。
当時はほとんどが政略結婚ということで、吉子も有栖川家から嫁ぎましたが、斉昭と吉子はとても仲睦まじく過ごしたそうですよ。

今日は、好文亭のお話でした。
次回は、水戸藩の藩校「弘道館」をご紹介します。


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[ 2017/08/29 11:36 ] おでかけ | TB(0) | CM(2)

ばらに癒され... 

みなさま、ご無沙汰しております!
病気療養中の母を見舞うため、しばらく日本に滞在予定です。

このところ好天続きで、近くのローズガーデンのばらもピークを過ぎようとしています。

「今年もきれいでしょうねー」と言うので、せめて写真だけでも、と、病院へ行く前に寄ってみました。

携帯電話からアップした写真の大きさを変える方法がわからず、見づらくてすみません…
(↓2017.6.17 PCで修正しました。^^)













このローズガーデン、もともとは個人のお宅なんですよー!
それが口コミで広まり、たくさんの人が訪れるようになり、最近は入場料が必要となりました。

しばし、多彩な美しさと優雅な香りを楽しんで来ました。


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[ 2017/05/29 11:35 ] おでかけ | TB(0) | CM(2)

アウエルバッハ城 


日曜日は久々に天気がよくなったので、うちから車で30分ほどのところにある「Schloß Auerbach(アウエルバッハ城)」に行ってきました。(発音的にはアウアーバッハなのですが、和表記ではアウエルバッハとなっているようなのでそちらに倣います)

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山の上にあるので、途中まで車で行き、1kmほど森を散策しながら向かいました。
新緑の美しい季節です。
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お城の天井や上階の床はなくなっていますが、塔へ続く階段が整備されています。
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塔へ向かいます。
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塔の上から、ちょうどすぐ上の写真を撮ったあたりを撮ってみました。
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お城の最上階だったであろう部分に 松の木が生えているのがわかりますか?
この松の木、樹齢300年ほどと言われていて、土はほとんどないので水分は空気中から摂っているいるのだそうです。


根は大勢の人に踏まれ、このようになっています。
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さて、塔の上から見たお城はこうなっています。
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もうひとつの塔越しに見える街並みがきれいです。
ここもワインの産地として有名で、麓にはぶどう畑が広がっています。
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このあたりは大小さまざまなお城が多く残っている地域ですが、ここはかなり大きいほうかな。

もともとこの土地に城を建てたのはカール大帝だそうですが、14世紀には地震により倒壊(このへんにも地震あるんだ…?) 、また、17世紀にはフランス軍の攻撃よる火災があり、たびたび修復されているそうです。
現在残っているのは、中世以降に出来上がった形ですね。


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[ 2017/05/02 16:35 ] おでかけ | TB(0) | CM(0)