「たべもの」のこと 

もうだいぶ前になるんですが、友人に「イタリアでレストランに行ったらビックリしちゃった。アンティパスト(ビュッフェ)を山盛り持ってきては残し、プリモのパスタもちょっとだけ食べて残し、セコンドもたくさん残して…。イタリア人ってみんなそうなの?」と言われたことがあります。

私のまわりにいるイタリア人たちはそのような人がいないので、正直、「たまたまだったんじゃないかな」と思っていたんですが、このところツイッターで同じようなことをつぶやいている方々がいるのを見て、やっぱりそうなの?と驚いています。

ふぇは絶対に食べ物を残さない主義なんです。ふぇ父もそう。
石、またはタイヤのように固くなったパンも、しっかり食べる。(なぜか、ほかの料理に使ったり温めなおすことを嫌って、そのまま)
どうしても残ってしまった料理などはその次の食事の時に食べる。サラダであろうと。
なんでも、ふぇ父は昔、テレビで「貧困ベトナム人家族」のドキュメンタリーを見て、衝撃を受けたそうなんです。
「4人家族が、お米4粒をたくさんの水で茹でたものを分けあって食べている」
ドキュメンタリーが事実かどうかはちょっと「?」ですが、まあ、これがきっかけとなったということです。

食べ物を残さない。それはとても正しいことだと思うんです。
私も、なるべくその意に添うように、ささやかではありますが努力もしている。
そして、こういう確固とした信念を持っているイタリア人を他にも何人か知っています。

でも、でも…なんかちょっと違うな、と思うこともあるんです。

例えば、小さいこども2人のいる友人夫婦。
うちもそうしていましたが、こどもの残したものは親が食べます。これはよくわかるんですが…
当のこどもは、目の前の気に入らない食べ物に対して「Cacca!(「うん◯」の意)」と言うのです。
もちろん、友人夫婦は「Noooo」とは言いますが、なんとなく「諦め」のノーというか「まったくしょうがないでしょう?」みたいなスタンス。ほんの少しではありますが、「うちの子は味にうるさくて」と言いたげな雰囲気も漂っている!
いや、私だったら「だったら食うな!一食ぐらい抜いても死なん!」とか言っちゃいそうです。ははは。

実は、ふぇ父にもかなり激しい好き嫌いがあります。
玉ねぎ、にんにく、キャベツ、ブロッコリー…いろいろ。もちろん見知らぬものはシャットアウトです。(こういう男性は多いですけどね)
日本に来た時には、あれほど嫌うマクドナルドで生き延びた、という逸話があるぐらい!(笑)
だから、「絶対に残さない」ためには、それらの食材を排除したものが食卓に並ぶことになります、よね?
それらの食材は、なんとなく「悪者」扱いです。
たまたま、こどもたちがそれほど好まなそうだなと思うものを出す時には、義母はこどもたちに謝り、トマトを別に切るなど、他のものを用意してくれます。「ごめんね」と。
私、しばらくは「ありがとう」と言ってたんです。義母は義妹にも同じことをしていたのでね。

でも、ある時、やはり違うな、と意を決して(大げさ)
「トマトを切ってくれてありがとう。でも、そっちの(この時はズッキーニの卵とじ)も一緒にお皿に乗せようと思うの」と言ってみました。 だって、こどもたちにとって初めての味ではありましたが、絶対食べると思ったんですよ。(実際、よく食べた)
いや、それで食べられないものを、無理やり食べさそうとはしませんよ。
でもね、少なくとも「ごめんね」ではないだろうと。ズッキーニもかわいそうだ。
(とはいえ、さっと茹でたインゲンは極力食べたくない私)


そんなこんなが続いてしばらく考えた後、この違和感は結局「食べるもの」に対する捉え方の違いなのかも、と思い至ったのでした。
日本人って、どこかで「万物には何か(精霊?)が宿っている」と考える人が少なからずいるのではないかと。
私をはじめ、もちろんみなそれぞれ好き嫌いがありますが、「嫌いである」ということは多かれ少なかれこちらの「負(ふ)」と捉える。
一方、こちらの人たちは「食物は神からの賜り物」とは言いながら、やはり「自分」のほうに選ぶカードがある、と捉える人が多いような気がするのです。
「何でもかんでも食べなくたって、自分に必要なものだけいただけばいいじゃないか」という考えもあるかもな。


いずれにしても、異国にいる以上、これも文化の違いとしてうまくすりあわせてやっていくしかないのだという結論に至っております。
…って、それ自体が、日本人的な考え方で、こういう旗の振り方しても通用しないことが多いんですけどね。ぷっ。

 
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[ 2010/11/24 09:06 ] いろいろ | TB(0) | CM(14)

あぁ・・・すごいわかるなぁ。
私もできる限り食べ物を残したくないです。
(もちろん苦手な食べ物はありますけど。ヒヒ)
小さい頃お茶碗に付いたご飯粒を残すと、罰が当って目が潰れるよと母親に言われたので、
お茶碗にくっついたご飯粒は絶対食べますw
麻さんの言うとおり、「ごめんね」は少し違う気もしますが、「絶対正しい」ってのも
ないような気がしますね。
でも基本的には、親、家族が作ったご飯で子供は大きくなるわけですから、親の苦手な部分を子供にまで伝染させたくないですね・・
何とかして旦那にひじきを食べさせたい・・・ブツブツ
[ 2010/11/24 13:16 ] [ 編集 ]

v-34 naokoさん
何事においても「絶対正しい」っていうのはないよなあ、と私も思うんですが、けっこうそれを押し出したり追求したりする人が多いように思います。
ひじき、おいしいと思うんだけどなあ…。うちのパパは食べるんですよ。
[ 2010/11/24 14:19 ] [ 編集 ]

なるほど~。
自分が食べられないことに罪があるわけじゃないと捉えるのですね。

嫌いなものを避けるにしても、
食べ物を選べる日常が恒久的な「普遍」ではないこと、
ムダにしてしまったらせめて罪悪感をもつとか、
そういう自覚があるかないかだけでも違う気がします。

・・・って、これがすでに日本人的な考え方?(笑)
[ 2010/11/24 17:20 ] [ 編集 ]

v-34 えべさん
「自分が食べられないことに罪があるわけではない」を出発点として、
1)「仕方ないじゃん」と大量に残しちゃう人々
2)「こんなに豊富に食べ物が流通していること自体が尋常ではない」→「それを全部食う必要はない」→結局「ムダにしないためには嫌いなものには手を出さないことだ」とミニマル化する人々
というように大きく二分化されているような気がするんです。

「ムダにしてしまったらせめて罪悪感を持つ」はまさしく私なのですが…えべさんもそう言うんだったら、やはり日本人的なんでしょう。(笑)


[ 2010/11/24 18:40 ] [ 編集 ]

なんだろう?

なんでしょう、ミラノ大都会でスノッブたちの光景、なんでしょうか?ワタシの周りのイタリア人でそんな人はいないので
たまたまなのかもしれませんが、よくわかりません。
食べ物を捨てるイコールお金を捨てることだと、子供には言って聞かせてます。お金なら小銭だってそんなことしないでしょう?
ワタシは絶対モノを残さない関西のおばちゃんだから、レストランでもよく子供の残りを包んでもらうのよ。(笑)
目の前の残した食べ物にカッカなんて言う子供はおしおきです!!
[ 2010/11/24 22:03 ] [ 編集 ]

v-34 かつお母さん
私も「?」だったんですが、まわりにいないだけで、実際はけっこういるのかもしれないですね。
ちなみに友人はトスカーナ、話題になっていたのはローマでのことでしたけどね。
その子がカッカと言ったのは「残した」ですらなく「手をつけなかった」食べ物なんですよ!今どうなってるんだろうな。
[ 2010/11/24 22:23 ] [ 編集 ]

チョコレートの原料、カカオの実を採ってる子供達はチョコレートを食べたことがないんですって。
生活ギリギリのお金しかもらえないのに。チョコを食べるときはいつも切なく感じます。
[ 2010/11/25 09:48 ] [ 編集 ]

v-34 Yukaさん
そうですね、そういうこどもたち、たくさんいるんでしょうね。
最近はフェアトレードも広まってきたみたいですが、まだまだほど遠いですよね。
クリスマスや復活祭のこどもへのチョコ攻勢、考えてしまいます。
[ 2010/11/25 10:11 ] [ 編集 ]

本当に

私も麻さんの考え方に共感します。
食べ物を残さない様にするのもそうですが、食事の作り手になってからは、なるべく色々な野菜などを使った料理をして家族には栄養をとってもらいたいと思うし。
で、食べ物の好き嫌いに関して、特にそれが恥ずかしい事でもない様子なので、こちらではそれを、尊重とか放置するのが一般的なんだなー、と感じていました。元々イタリアンはヘルシーメニューも多いですが、より多くの品目食べようとか、栄養のバランスについて日本の様には気にしていないようですね。
うちの旦那さんは嫌いな素材以外では、時間かけて作っても「見た目が悪い」とまったく食べず。「体にいいから一口食べてみて!」も通用しません。日本人なら好奇心もあって一口位いきそうですが。(笑)
でもまあ、イタリア人も長生きなんだよなーなんて思ったりもしています。。
[ 2010/11/25 10:52 ] [ 編集 ]

v-34 cloverさん
そのとおりですよね~。うんうん。
うちの夫はわりと何でも食べてくれますが、それでも最初の5年ぐらいは玉ねぎを使わなかったり、夜に卵は出さなかったり、などなど夫実家のやり方に合わせてました。意外とイタリアの人って「消化」にうるさいですよね。(笑)
イタリアの長生きの秘訣は、やっぱりオリーブオイルなのかなあ。
[ 2010/11/25 11:02 ] [ 編集 ]

うちのオットのばあい

確かに、全てに何かが宿ってるっていうの、日本独特かもしれないですね。もったいないおばけとかもあったし。

家のオットは好き嫌いがあったら、嫌いな物に会った時にいちいちあーやだやだって思わなきゃいけない。それがいやだから、何でも食べるんだ。
って言って、ほとんど食べない物は無いんです。
合理的な感じがドイツ人?!

あ、海草系は港を食べてる感じが未だに苦手みたいですけど。塩わかめラーメンを食べた時は「うー。港で泳いでるみたいだ。」だったみたいですよ。おいしいのにぃ。
[ 2010/11/26 23:39 ] [ 編集 ]

v-276 ひんきぃさん
何でも食べてくれると日本に行った時なんかもラクですよね。(笑)
んー、海藻はハードル高いかもしれませんね。
夫はOKですが、あんみつを食べるといつも「これは海藻と豆なんだよね」と感慨深げ(?)です。
[ 2010/11/27 20:00 ] [ 編集 ]

あんみつは「海藻と豆」。。。なんだか新鮮です。

「キライなものも残さず食べよう」じゃなくて、
「残さないように好きなものだけ食べよう」なんですか??? うーん、不可解。
そういえば、中国では残さないと「足りなかった」という意味になってしまうので、ご馳走されたら残さないといけないんですよね。所変われば、かもしれません。
[ 2010/11/28 02:07 ] [ 編集 ]

v-276 クレランさん
海藻と豆、なんですよね~。(笑)
食べ物に限らずですが、ほんと、「所変われば」ってたくさんありますね。
私の実家も、特にお客さまが来た時などは「足りないよりは多めに」という家だったので、私たち夫婦はたぶんお互いに「!?」だったんですよ~。
[ 2010/11/29 10:32 ] [ 編集 ]

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