ちょっと考えた。 

昨日の、風邪をひいた記事の最後に、

考えてみれば、最近は子どもたちから手が離れて、最近は、常に休息状態だもんね~。

と書いてから、何かが頭の中でひっかかってたんです。

今日になってその理由がわかりました。



「ん~。そじゃないよ。小学生になったらなったで、その時に親がしなきゃいけないことがあるのよ。手は抜けないわね。」


3年前、私が電話で「最近は、子どもたちも手が離れて、ほんと楽になりました。自分で育ってくれてるし。」と話した時の返事。
…柔らかな神戸弁で話す彼女の言葉でした。



その人はK子さんといいます。
フランスにいるころにお世話になった素敵なマダム
育児の大先輩でもあります。


もちろん、身の回りの世話をする「保育」という意味合いで楽になったということで、実際は大きくなればそれなりに子育てにも違った大変さがともなうし、一応、それを実感してはいましたよ。

でも、その時、彼女の言葉にはハッとさせられたのを覚えています。




そして3年経った今、漠然と気になっているのは、育児の手抜きというよりも、「自分」に関する手抜きについて。


全然、先のこと(目標とか計画とか)が眼中にない生活。にもかかわらず、別に今を意識し、集中して生きているわけでもない


なんか、怒濤の保育(育児と区別してこう呼ぶ)期間を終えて、ただぐうたら過ごす癖がついているだけ、のような。
力まない、肩の力を抜く、と言えば聞こえはいいんだけど、やっぱり気持ちにサビが出てくるようなイヤな感じがするんです。


考えてみれば、前のほうが家事なんかももっと効率よくコンスタントにやってたと思うんです。
なんかこう、大変な中にもそれなりに意識を保っていた、というか、はたまた(言い方はかなり変ですが)その都度、落とし前をつけて生きてきたというか…。
メリハリ、とでも言いましょうかねえ。


もともと私が外で仕事を持たず、家にいることになったのは、ただ言葉の問題で外で働けない、という理由からではありませんでした(実際そうなんだけどさ)。

子どもが続けて生まれたことも大きな理由だけど、
私は、育児&家の仕事を受け持つ専業主婦そしてママという大事な役割を選びとったと思っていました。(幸い、夫ふぇも賛同してくれたしね。まあ贅沢をしなければそれで暮らしていけるというのもラッキーではあった)

そうでもしないとやってらんない、という一種のカラ元気だったと言えなくもないですが(笑)、私は今でも、金銭的な収入はなくとも、私にとっては何にも代えられない仕事だと思っています。



そうして、K子さんの言葉

「ん~。そじゃないよ。小学生になったらなったで、その時に親がしなきゃいけないことがあるのよ。手は抜けないわね。」

を改めて反復してみると、今もう一度、自分について考えて、散漫になっているものをキュッと束ねてみたいなあ。それが、結局は今の私に必要なことなんじゃないか。
と、感じるのでした。



そして、そうやって気持ちを整理していくと、やらなきゃならないことの他に、やりたいこと、新しく始めたいこと、なんていうのも出てきたりして…

ま、日常の諸々の気がかりや小さな怠慢は、一生抱えていくことにはなるだろうけど、ちょっとこれからの人生にささやかな希望を持ったのでありました。


で、もしかしたらそんな親の姿を見ることで、子どもたちも何かを得るかもしれない、ですね(と、いつものように強引にまとめる)。








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[ 2007/11/21 17:00 ] いろいろ | TB(0) | CM(13)

ああ、すごくわかる!共感でした。次女が三歳を過ぎた時、
外出時にふと、『すっごく緊張してない、リラックスしている
自分』に気がついたんですよね。それまでが、まさに怒濤の
保育期間だったんですね。

今は今で、やっぱり違う方面に手がかかりますよね。
みんながせめて小学生を終えるまでは、専業母でいたいなあ。
贅沢ですけどね。ってか、英語、はたらけないんですよね^^;

>その都度、落とし前をつけて生きてきた

麻さんの、このセンスが好き^^b
[ 2007/11/21 10:30 ] [ 編集 ]

v-35とくだいままさん
今になると、3人いるのはお子さん1人のママさんより楽かも(3人で遊んだり協力したりするので)とも思いますが、最初はたしかに大変でしたね~。

とはいえ、最近はそれぞれの性格の違いもはっきりしてきて、違った面でも手がかかるようになり…。

「おとしまえ」ってやはり使い方変だと思うんですが、しっくりくるんです。
引き受けたろか!みたいな決意ね(大げさ?)
[ 2007/11/21 12:33 ] [ 編集 ]

ほろり

確かに幼児の世話の大変さと、小学生の大変さは質が違いますね。今は体は楽だけど、考えなくちゃいけないことは多くなった気がします。

先日、12歳になった息子とスタバでお茶を飲んでいて、ふと赤ん坊だった頃の息子の姿が目に浮かび、「この前生んだばかりなのに、もうこんなに大きくなっちゃったのか」と信じられない思いでした。

「本当に私はこの12年間、息子と過ごす一瞬一瞬を味わって来たのだろうか?」と自問しました。大変だ大変だと言いながら一生懸命やってきた実感はあります。でも、ぼうっとしている間にも時間はどんどん過ぎて行き、子どもはいつか巣立ってしまう........

子どもの成長は嬉しくもあり、ちょっぴり哀しくもあり.........ですね。私も一緒に成長出来ているといいんですが。
[ 2007/11/21 13:15 ] [ 編集 ]

v-35ビアンカさん
そうですね~(しみじみ)。
最近、義母に「あなたもそのうち寂しい思いをするわよ。今のうちにいっぱい味わって、詰め込んでおくことね。」と言われました。
たしかに子どもが巣立っていくのは嬉しくもあり、哀しくもありですが、秘かに大きくなった子どもとの関わりも楽しみにしてるんです。
[ 2007/11/21 17:11 ] [ 編集 ]

私も一緒ですxxx
忙しい時は、やらなきゃいけないコト、効率良くこなして…
だからといって、忙しくなくなったら、ゆっくりできるそれだけの時間ができるかといえば、
やらなきゃダメなコトをだらだらしてしまって…

保育と育児…
そぉですね…
手を掛けなくちゃいけないのとはまた違いますもんね…
小学生になっても…私のような大学生になっても、
親は一生、親であり続けるのですから、大変ですよね…
喜びももちろん、悲しいコトも、怒りも、
子どもの分まで引き受けるコトもありますし…

私のママは、3人が中学校卒業するまで、専業主婦でした。
今になって思えば、とってもありがたいコトだったと思います。
「子どもの1番カワイイ時なのよ、自分でしっかり見てなくちゃ」
とママは言ってました。
反抗期があったり、進学で離れたり…
一緒にべったりではナイけれど、いられるのってこの頃ですよね…
だからこそ、私も子どもが小学生の間くらいは…と思っています。

私のママは、今はパートをしています。
みんな大学生になって、親元を離れているのもあるかもしれません…
それまで、私たちが義務教育を受けていた時は、
料理教室に行ったり、ジャザサイズとか、お花とか…
おいしぃランチやお茶しに行ったり…
スキなコト、したいコトをしていました。
息抜きも、気分転換も必要!!なのだそうです。

麻さんも、ゆっくり身体を休めながら、
自分の時間をとって好きなコトも…(笑)
ママが楽しそうって、子どもにも嬉しぃですから☆★
[ 2007/11/22 02:36 ] [ 編集 ]

専業主婦を主体的に選択された方たちを、大尊敬しております。
新婚時代からの家事、その後続く、育児に、子育て、ひいては、自分自身のこと、全てに真摯に取り組んで、その中での楽しみに浸り、毎日明るく、家庭の軸となって、家族を見守るお母さん!! 素晴らしい!!の一言です。
麻さんも今度は自分を振り返る時がやってきたわけですね。
私は、そこから逃げ出して、勤めにでております。
それもこれも、とりあえずこなしはするけど、家事嫌いの私が、自分を失わないようにするための防御策だったのですが、なにより、チビの面倒を一緒にみてくれる夫や、留守番をしてくれる子供たちの協力があってのこと。
そんな家族たちに、私は一体何をしてあげられるんだろう??と、思わざる負えません。
素晴らしい専業主婦の皆さん、ばんざ~~い♪
[ 2007/11/22 06:08 ] [ 編集 ]

v-35りぃさん
りぃさんのお母さまは、女性として羨ましいぐらいいろいろなことをされていたのですね。

それもこれも自分としっかり向き合っていたからこそ、という気がして尊敬します♪

やはり、元気なお母さんは子どもにとって一番ですからね。


v-35お気楽ママさん
家のことが気になるのに外で働くのも、外で働きたいという気持ちが強いのに家のことだけしているのも、よくないですよね。

要は、自分が母親だということを忘れない範囲で、自分にあった過ごし方を決める、そして決めたらそれに前向きに取り組む、ということですかね。

一番いけないなあと思うのは、今の自分の境遇に対して、何かのせいにしてばかり、不運だと嘆くばかり、ということだと思います。

お気楽ママさんのお母さん業とお仕事にがんばってる姿、とてもいいと思いますよ!


[ 2007/11/22 09:08 ] [ 編集 ]

同感です。
ますます、神経を使う日々です。
全ては「一期一会」です。
今の子供の姿は、今しか見られません。
私は、子供達をずっと見つめています。
彼ら本人が記憶が無い時代から、彼らの成長を見つめているのです。
娘達とは、女同士の恋話。
息子にも駆け抜けるように、背を抜かれました。
彼らの成長が、毎日たのしみです。
[ 2007/11/22 09:58 ] [ 編集 ]

v-35真昼さん
真昼さんのような大先輩(?)がそうおっしゃるのは、とても心強いです。
毎日一緒にいる子どもたちでも、やはり「一期一会」なんですよね。
またまたハッとさせられました。
[ 2007/11/22 10:07 ] [ 編集 ]

前にこの記事を読んだときにコメントする時間が無かったので今残します。

 私も子供が3人居ますが、年齢が4.5歳ずつ離れているので怒涛の保育期というのは無かったように思います。赤ちゃんがいるときは上はある程度手が離れていたので、一人ずつやっていた、という感があるからです。

 仕事をしながらの育児でしたが、仕事には不満もありましたが、やめるのも嫌、という気があったので続けていました。それで私が家に缶詰にならず息抜き、自分だけのスペースを持てていた点は否定できませんが、子供が小さいうちにもっと手をかけてあげれる部分があったかな、とも思います。

 今は働いていませんが、家事があまり好きでないので、結局自分の勉強などを始めてしまっています。何か自分のことをやっていないと落ち着かない性格なんですね。仕事を持っていても、仕事とは別の自分の何かがないと落ち着きませんでしたし。

 今は子供に前より時間が割けるものの、やっぱり一度に3人が話しかけてくるのには対応し切れませんね。それに私が自分のことをやっているのを子供たちは励ましてくれる部分があるので、やっぱり子供は私の所有物じゃないし、私の思い通りに行かないこともあり、子供は子供の人生を結局は歩むのですから、その形成期の大事な時期を共有することが私の役目で、且つ一種の贅沢でもあると思っています。(そういう幸運に恵まれなかった人もきっと世の中には居るし、子供時代を何度も経験できるってことですから。)
[ 2007/11/27 10:52 ] [ 編集 ]

v-35まゆのさん
そうですね、おたくの場合はちょうどよく間隔が空いてますよね。
怒濤の…ではないけど、そのかわりながーいって感じでしょうか?
仕事や自分のしたいことを育児のかたわらで続けるのって、むしろ大事ですね。
片手間に育児、というのはどうかと思いますが、逆に母親であることにアイデンティティを置きすぎると、あとで母子ともに苦労するような…。
まゆのさんのところは、ある意味理想的なんじゃないかな。
[ 2007/11/27 13:43 ] [ 編集 ]

片手間に育児、なんか耳が痛いですが、あまり子供の教育に必死になりすぎるのも良くないと思うんですよ。あとで思い通りに行かなかったときに(実際いろいろ期待して勝手に決めるとその可能性が高そう。)子供を恨みそうで・・・。自分の人格を無視していろいろ押し付けてくる親も度を過ぎると子供から見ると鬱陶しいでしょうし。私とは別個の一人の人格、と思って尊重しながら、私が人生で培ったことを伝えて行ければ、と思っています。(大したことは培ってないけどさ。)
[ 2007/11/29 12:49 ] [ 編集 ]

v-339まゆのさん
そうですね~。
子どものためといいながら、子どもの出来=私の評価になっちゃう危険がありますね。
子どもにとってはいい迷惑だと思います。
実際はそれほど極端な人はあまりいないような気もするけど、気をつけたいですね。

[ 2007/11/29 13:13 ] [ 編集 ]

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