外国語習得にはまったく自信のない私。
言葉ではいろいろな
ちょいミス
をしてます。
あれは、フランスに住み始めて
5年も経ったある日のこと…。
息子を学校に送っていった帰り、
近所の仲良しママさんが話しかけてきました。
以下、私の理解した内容:P(友達ママ)「最近、どう?
講座は行ってるの?」
(あ、前にフランス語を習いたいって言ったんだ)
(←これ私)「ううん。行ってない。ちょうどいい時間がないの。」
P「え?じゃ、ご主人が?」

「うちのパパも行かないわよ。」
P「えええ!?じゃ、
講座はどうしてるの???」

「とっても不便なんだけど、パパはもう話せるから…」
P「はあ?」
さあ、この会話、
彼女にとってはこういう会話になっています。
P「最近、どう?
買い物とか行ってる?」
(大型スーパーまで、彼女に車に乗せてもらったことがある)
「ううん。行ってない。時間がないの。」
P「え? じゃ、いつもご主人が?」

「パパも行ってくれないのよ。」
P「えええ!?じゃ、
買い物どうしてるの???」

「とっても不便なんだけど、パパはもう話せるから…」
P「はあ?」
なんと、私、彼女が
「courses=買い物」と言っているのを、
「cours=講座」と思い込んで話をしていたのでした(大汗)!!
こういうのが怖いんですよお。
まったく違った内容ならば、すぐに間違いに気づくはずなんですが、話が続いちゃう場合があるんですね〜。
たぶん、私が気づいてないだけで、他にもいろいろやっていて
「?なひとだ」と思われてるんだろうな。 しくしく。
先週、
ベネツィアへ出張していた夫「ふぇ」。
あちらに着いてすぐに、
着いたよコール♪が。
おーちが電話に出て、しばらく話をして切りました。
「無事着いたんでしょ? 」と聞くと、
「うん、今、もう街だって。 で、これから だぶだぶ するんだって!」 一同
「…へ?????」おーち
「へ? あ。じゃなかった。なんだっけ? んーと、ぶだぶだ? …あ、そーだ!ぶらぶらだ!」
いやあ、本当にだぶだぶしてたら大変でした(爆)。
夫も子どもたちも、日常的によく日本語を使いますが、ちょっと苦手なのが「オノマトペ」。
擬音・擬態語ですね。
がさがさ、ジャージャーなど、擬音語はまだいいんですが、擬態語は手ごわいようです。
「ちょっと、そこのつるつるした生地のシャツとって!」
ぐらいはクリア。
でも、
てかてか、びらびら、ぬめぬめ…あたりになると、「ええ?!それってどんなの?」となります。
何気なく使っていますが、結構難しいものなんですよね、オノマトペ。
*ふぇから子どもたちへのベネツィア土産、新ブログ
「わが家のモノ手帖」にUPしました。
久しぶりに大笑い。
第一生命の
「サラリーマン川柳」
登校を しぶる息子は 現役教師
予知不能 妻の怒りの 時期と規模
きいてない 人の話と 育毛剤
ケータイは 携帯してくれ 母さんよ
もてぬ子に 水色ハンカチ 親心
ナビだけが 「お疲れ様」と 慰労する
(→100選は
こちら)
いやあ、面白かったですね。
哀愁漂ってはいますが、日本のサラリーマン、なかなかやるじゃないか、と。
ところで、こちらでも
俳句や川柳が知られるようになってきました。
たしか
イタリアの新聞でも、俳句の投稿(イタリア語)を見たことが…。
でも、この五七五の小宇宙、短い言葉からあふれるみずみずしさを日本人と同じように感じることができるのか?
と、つい、思ってしまうのです。
例えば、ある時、私の祖母作の
わけもなく 団栗一ツ 手にぬくめという俳句を、イタリアの人に説明したことがあります。
日本という国を理解しようとし、文化にもポジティブな興味を持ってくれている人です。
でも、句の意味を訳すと、「むむ…」どことなく説明の続きを待っているという反応です。
その情景や、その中にあるものを説明することもできましたが、私はしませんでした。
それが、祖母の句ではなくなってしまうような気がしたからです。
私だって実はわかってないと思うけど、日本人だと、すでに受容体があって、どこかすくい取れるものってあると思うんです。
「他国民にはわかりっこないよ」と言っているんじゃないんですが、それが文化ってものじゃないかと。
生まれ育った土地、または民族的なバックグラウンドにより強く組み込まれたものが。
外国の人が日本の文化を、または日本人が外国の文化を尊重し、理解するのは、ある程度は可能かもしれませんが、最後のところはわかり得ない(というか、自分のものにはなり得ない)んじゃないでしょうか?
だからこそ、それぞれの文化は、お互いに尊重されなければならないんだと思います。
話を俳句に戻しますが、(どうも最近、話が長くなっていかんな)「これはこうです。ジャン♪結論」というのは、あまりないですよね。
世界一短いポエムとして「それだけで完結している」という表現も聞きますが、実は気持ち的には、詠み手はどこかにそっと余韻を残しているような気がします。
つまり、詠み手がそっと手放したものを、読み手が受け取って何かを感じたところで、出来上がる、生きてくる、という部分もあると思うんです。
たまに「外国に住んで、よく日本語を忘れないね。」と言われることがありますが、私はもちろん日本語は忘れないし(っていうか、他の言葉あまり覚えてないことが大きいんですけど)俳句や川柳、短歌を受け取る受容体のようなものは持ち続けるのではないかと思います。
…だといいなあ(不安になってきた。汗)
ぺいのクラスで英語の授業が始まってから
2ヶ月、かなりのスピードで進んでいるようです。
やはり、
アルファベットにはもう慣れている、ということと、単語も(このあたりの言語は)似ているものが多いせいでしょうか。
本人も、まあ楽しくやっているようだし(変なヤツ)今のところ、新しい言葉を覚えるのは気分がいいらしいんですよね。
で、週末は、
妹をつかまえて、
英語のレッスン。
ディクテーションのテストなんかもやっちゃってます。
かなり
うっとうしい 熱心なお兄ちゃんだと思うんですけど、おーち、喜んでやりましたよ。
そのおーちの答案は…
1)By kerful wi's de Baal.
2)Mei Neme is Alen.
3)Lest go tue the yous Klep on Satudei.なかなかの怪文ですなあ

。

解答はこちら
1)By kerful wi's de Baal. →
Be careful with the ball.[k]の発音は忠実にkで表しちゃってますね。
wi'sと、何となくアポストロフィなんか入れちゃってます。
BaalのBが大文字になっているのは、名詞の頭はいつも大文字で始まるドイツ語にひかれています。
2)Mei Neme is Alen. →
My name is Alen.これも、だいぶドイツ語っぽくなっちゃってますね。
[ai]の発音は「ei」と表記します。例えば、ハイデルベルグ=H
eidelbergですね。
3)Lest go tue the yous Klep on Satudei. →
Let's go to the youth club on Saturday.むむー。がんばってはいるんですがね〜(笑)。
うーん、正直、
「英語はまだいらないよ」って感じです。
まず、
母語&ドイツ語をなんとかしてくれ。
珍しく蒸し暑いハイデルベルグです。
日本のみなさん、梅雨の時季をいかがお過ごしですか?
子どもたちお気に入りの
ダジャレでひんやり涼みましょう。
ネコがねこんだ
パンツがぱっつんぱっつん
たながふえたな
ゲタ箱のなかに「げ!タバコ」
布団がふっとんだ
彼のカレーはかれえ!(←ふぇ作)
たけちゃんの竹はたけえ!
アブは危ない
まな板でヒラメを切ってひらめいた。
ダジャレをいうのはだれじゃ!
マグロ(伊語で「やせている」)なマグロ
オバン(フランスの男の子の名)が「おばんです〜」
サバがあいさつ「サヴァ?」(仏語で「元気?」)
どうして、こんなにダジャレに専心するのか?
思い当たるのは、やはりおやぢギャグの王道を行く我が父。
(近隣のみなさま、いつも温かい目で見守ってくださり、ありがとうございます。)